大阪都構想で政治入門「自由主義とは何か」

大阪都構想の違和感

先日、大阪都構想(正式名称「特別区制度」)が再び否決された。私は大阪維新の会には比較的好印象を持っていたが、都構想には反対だった。だが、大阪都構想に反対する論調を見ていて違和感を感じた。

政界を見れば、自由民主党と立憲民主党が反対の論陣を張り共闘した。言論界を見れば、最右派の論客と日本共産党やれいわ新撰組の支持者の意見が一致した。このことに違和感を感じた私はこの一ヶ月勉強し、そして気が付いたのである。

彼らの共通点

大阪都構想に反対の論陣を張っていた全ての人には共通点がある。それは、自由主義を悪だと考えていることである。自由主義とは「政治権力の恣意的な介入や強制なしに諸個人の活動が行われること」である。

自由主義を犯すのは、規制(政治権力の恣意的な介入)と税金(政治権力による強制)である。後者は財産権の毀損、すなわち人権侵害でもある。金融政策の失敗に続き、バブル崩壊後、日本を長期停滞に導いた原因の一つが規制と税金である。

まずは実務を見よう。自由民主党の裏には経済団体があり、立憲民主党の裏には労働組合がある。彼らは、自分たちの産業を守るための規制や、自分たちの団体への保障を求めて政治家に圧力をかけており、各政党は彼らに阿った政治をする。

続いて理論を見よう。最右派の論客とれいわ新撰組の支持者には現代貨幣理論(MMT)の信奉者が多い。これは偉大な経済学者ケインズの流れを汲む思想であり、社会主義に通ずるものがある。MMTの主張の中心は積極的な財政政策であるが、財政政策は政府に権力を集中し、自由を破壊する。

また、彼らは日本を更なる福祉国家にするつもりらしいが、福祉国家と社会主義国家は同じ性質を有している。すなわち個人の財産を国家が収奪し再分配するということである。これらは常に個人の人権を侵害するし、保障が自由を求める精神を破壊することにハイエクは警鐘を鳴らした。

すなわち、大阪都構想に共に反対の論陣を張った彼らは、右か左か、言い換えれば、国家社会主義か共産主義かの違いはあるにせよ、共に社会主義者なのである。これが大阪都構想の真実である。

結び

大阪都構想が示したのは日本における自由主義の欠如である。日本は超が付く福祉国家であり、個人の自由や人権に対する意識が薄い。しかし、日本が再び経済発展するために必要なのは、まさに自由(フリーダム)なのだ。このことは歴史が証明している。

希望の光があるとすれば、大阪都構想が僅差で否決されたことである。大阪市を廃止するのは反対でも、規制緩和と減税には賛成する有権者は少なくないだろう。ミルトン・フリードマンは著書『資本主義と自由』の中で以下のように述べている。

市民の関心は広く薄く分散している。こうした状況では、利益集団からの圧力に対抗する仕組みがとくに用意されない限り、消費者に比べ生産者の方が、議会に対しても規制当局に対してもはるかに強い影響力を持つことは避けられない。(中略)利益集団の力に対抗するには、「これこれの事業は国がやるべきではない」という認識が広く浸透することしかないと私は考える。

参考文献