国立病院は不要な上、病床数は減らすべき

新型コロナウイルスが流行して以来、病床数が逼迫しているというニュースは途絶えることなく報じられている。「病床数が足りないのだから、大阪で病床数を削減していた維新の会はけしからん」といった、非常にレベルの低い社会主義者の主張を何度も聞いた。今回は、自由主義、及び効率性の観点から、病院の問題について考えていきたい。

そもそも民営化が正しい

自由主義の観点から考えると、そもそも民営が正しい。医療というサービスは市場経済の中で提供されるのだから、国家が介入してくることは望ましくない。効率性の観点から考えても、民間が担うべきである。みなさまご存知のとおり、高額な補助金を付けているので、我が国には異常な数の病床が存在する。これを減らすのは当然である。

RIETI『病床数の国際比較』より

国民健康保険のことを考えたら尚更である。私は自由主義者だが、アメリカの状況を見ると、国民健康保険はあっても良いのではないかと考える。しかし、国民健康保険をやるなら、なおさら効率性が求められる。事実、健康保険は制度としてすでに崩壊している。病床への補助金も、入院期間の長期化も、医療費を増やしている。

緊急時対応が間違っている

いまの日本に求められているのは、病床数を維持することを含め、医療資源を充実させることではなく、緊急時には強権的に国家が介入することである。新型コロナのような緊急事態には、補助金を出し、国家が病床を抑えれば良い。しかし、今の日本には、これができる基盤がない。国民は自由を求める精神を忘れているし、憲法も国家非常事態を想定していない。

自由主義の教養と論理的思考を

先ほど紹介した、「病床数が足りないのだから、大阪で病床数を削減していた維新の会はけしからん」といった安直な思考は、自由主義の教養と論理的思考力の欠如が問題である。これらを解決するのは、「自由主義の三大古典」と呼ばれる次の3冊である。私の主張に反論があるものは、まず、これらを読んでいただきたいと、心から願う。